【 第一部 本誌に採られた歌 】  

 

八千(メートル)の高度を飛びゐる意識なく夕陽に照らふ雲海に酔ふ

 

異国めく宮崎空港に降り立ちて先づとる食事はピーマンピラフ

 

作業着の下にそれぞれ個性もつ色のTシャツ着ける工夫ら

 

工事なす路肩の低き往還路バスはあやふく傾き走る

 

川の面を渡れる風は土手に茂る泡立草を揺らし過ぎゆく

 

奥木曽の旅に出合ひし村祭りバスも止まりて山車を見送る

 

真昼間も陽差しとどかぬ湿原に茫茫と生ふ白き星草

 

ひと夜さの野分に全て散りつくし銀杏並木は早や冬の景

 

「いや」と言ふことば覚えて幼子は満身こめて意志表示なす

 

蝋涙のあふれて燃ゆる音かすか笑める遺影を照らす燈ゆらぐ

 

つくばいに紅葉を閉ざしいと脆き硝子細工のごとき薄ら氷

 

わが臥せる窓辺の道を酔ふ人か乱るる音に真夜を歩める

 

日曜を待ちて一週間働くをくり返しつつ生を削ぎゆく

 

温室の一隅密林さながらに蛇這ふごとしガジュマルの根は

 

煌めきて夜夜位置変ふる太白星今宵さやかに月と並べる

 

さみどりにまろき芽キャベツ茹で上がる雨に籠れる夕の厨に

 

家紋付く重き扉の閉ざさるる旧き土蔵は時をも貯ふ

 

若き日に望みしことの半ば程叶ひて今日の還暦迎ふ

 

幌付けるトラック風のごとく来て蕾の桜ひきちぎりたり

 

弾き直しのきかぬ一度の演奏に子は日に六時間ピアノをさらふ

 

演奏会に今し子の弾くドビュッシー後部座席に目瞑りて聞く

 

リズム持つ洗濯機の音快く雨後の春日に幾竿も干す

 

透明のエレベーターに昇りつつ喧噪聞こえぬ街を見下ろす

 

魚屋の店に売らるる大浅利独りごちのごと潮水を吹く

 

荒海の底にたゆたふ藻にも似て心処に揺らぐ悲しみひとつ

 

計られて湯殿に討たれし義朝の無念の声とも風のとよもす

 

木刀の一振りあらばと果てにける義朝は聞きしかこの潮騒を

 

わが手なる百合のブーケを持ちくれて花嫁清し友の一人子

 

その父に右手を預け厳かにバージンロードを花嫁は来る

 

街路樹のりんごも袋かけられつ山ふところの信濃路の夏

 

長梅雨に陽の目も見ずて果てにたる蝉のむくろのいつくを拾ふ

 

厨辺の窓より差せる木洩れ日や菜を切る吾の手元に揺るる

 

物産となす水引のデザインにJR飯田の駅舎鮮し

 

祈りにも似たる形に向日葵は花首垂れて晩夏を並ぶ

 

紅葉にひととき早き奥木曽の山を彩る萩のうすべに

 

つはぶきの(つぼみ)立ち来て冬を待つ庭にかそけく蟋蟀(こほろぎ)のなく

 

高山の鄙びたる庄藍匂ふ刺子の財布子等の数買ふ

 

その妻に精密検査を勧めをりし弟は癌にそそくさと逝く

 

(とき)満ちて散れる紅葉黄も朱も芥にするは惜しき艶もつ

 

季節感なきに売らるる店頭の冬の西瓜の緑目に泌む

 

緊急の患者と電話に呼び出され湯気立つうどん残し子は行く

 

朝市の媼が見切るを買ひて来し赤き小菊は持ち良く香る

 

枯れ残る藤の(さや)()は木枯らしの過ぎゆく時に打ち合ひて鳴る

 

北風に向かへば自づと手をかばふ腱鞘炎との長きなからひ

 

雪残る砂利道来れば手袋の片手落ちゐつチョキの形に

 

波荒ぶ睦月の海は風を呼び磯の砂吹く目つぶしのごと

 

子ら巣立ちひとり豆撒く身の内の醜き鬼も追い遣らふべく

 

暗き空舞ふ雪共に赤く染めコンビナートに吹く火の柱

 

タイ米のぱらつくピラフを食べにつつ夫は政治の貧困を言ふ

 

たっぷりと絵具盛られて豊満な肢体横たふ赤き裸婦像

 

川沿ひの土手の枯草吹き分けてゆく風のあり風の道見ゆ

 

沈丁の香に誘はれて日課なる速歩の距離をやや延ばしゆく

 

沈丁花のほころぶさまを日毎見る郵便受けに腕伸ばすとき

 

ぼんぼりの灯に桜ばな影かさね散りゆく前のひそけさに咲く

 

乳鉢に摺る散薬の微妙なる重き手ごたへ雨近きらし

 

人気なき貨物埠頭にひたひたと寄る波黒く春潮匂ふ

 

夫の飼ふインコも我の飼ふ猫も老いづきにけり我らと共に

 

速歩なす我を越しゆくジョギングの青年はつかに草の匂ひす

 

光琳の画きし三十六歌仙几帳の内の一人ふくみて

 

軒下に小さき灯を点すごと(どく)(だみ)咲けり日の暮の風

 

矢田寺ゆ俯瞰なしたる斑鳩の五重塔も雨にけぶらふ

 

モナリザの謎の微笑に似ると言ふ救世観音の弛ぶおん口

 

読経終へて立たれる僧の夏衣畳をば擦る清しき音す

 

何事もきびしく孤高の父なりき今日は七回忌遠雷渡る

 

水引の紅こまやかに花立てり雨なく水なく乾ける庭に

 

直に立つ朴の木風にゆらぐなく草鞋(わらぢ)のような一葉を落とす

 

茜空むらさきに色を移すとき隊列組みつつ鳥帰りゆく

 

内科医の夫と外科医の息子とが意見いひ合ふ吾が腫れものに

 

一輪車巧みに漕ぎて吾を越すおさげの少女陽の匂ひもつ

 

みどり児の握れる指のさくら貝神の造りしこの薄き爪

 

鈴生りの石榴(ざくろ)は枝を(たわ)めつつ夕焼色に日日染まりゆく

 

時分かず一日を点す地下街を出でし地上は深き黄昏

 

山茶花の(つぼみ)(ふすさ)に白ふふみ夜目にも白し真珠撒くごと

 

普請なす大工が積みし角材に落葉散りぼふ木地覆ふまで

 

はららごを抜きたる腔に塩詰めて北海の鮭空路を来たる

 

眠られぬ真夜しんしんと遠鳴れる音は地球の吐息とも聞く

 

崩るなく咲ける形のままに落つ椿鮮らか黒土の上

 

まとふ葉をなべて落としし朴の木は潔く立つ凍て空のもと

 

世紀末の毒素は地球に満つならむ戦、殺戮続く飢餓はや

 

長くなく短くもなき六十年少し疲れし顔映りをり

 

六十歳はゴールにあらずスタートと聞けばもう一度夢見てみよう

 

燃ゆるなく薄茜して陽は没りつ木立に風の生るるいとまを

 

採らるるも食まるるもなき夏柑はゆらりと冬の空を彩る

 

浮かれつつ花見る人の傍らに一人弁当ひらく老いあり

 

いづこにて咲く沈丁か夜の道に匂い凝れり秘めごとめきて

 

古書店に購めし古き歌の本 宮師選なる切り抜き出づる

 

宮崎に子が住みゐしといふのみに宮崎ピーマン親しみて購ふ

 

去勢手術終へし猫抱き帰り来ぬ罪を犯ししものの心に

 

緑金の背をみづみづと陽に晒す蜥蜴(とかげ)すばやし萌え垣のうへ

 

わが生の一つの時代終りたりユンボの一打が屋根穿つとき

 

車往く音とも違ふ夜のノイズ地球自転のひびきとも聞く

 

命あるものには必定の死があるを忘れてゐたり猫は死にたり

 

苦痛なきレーザー治療と聞きゐるに眼底に鋭し灼熱感は

 

視力保つすべは唯一これのみと眼窩に黒点を射込むレーザー

 

「お大事に」といつも私の言ふことば言はれて帰るまなこ茫茫

 

炎天の碵おぼへるゑのころの金の穂に顕つ金のかげろふ

 

幾百の蝉鳴ける声束となり猿投の宮の檜皮(ひわだ)屋根打つ

 

卓上の葡萄一房つややけき光(こぼ)せり電飾のごと

 

終の地を求めゆきしか歯のなきまで老いし三毛猫忽然と去る

 

青桐の散りそめにける(イキ)(ミチ)をひとり心に影曳き歩む

 

人語にて朝にわれを呼び起こす電子時計の異次元の声

 

鳴海より飯田へ続く塩の道細ぼそ残る曲りくねりて

 

塩の道宮垣過ぎて数増ゆる道祖神みな円きかんばせ

 

道理など知らぬと思ひし四歳が夫と(いさか)ふわれに加勢す

 

両手にて持てる荷かばひしたたかに顔打ちつけぬ舗道の面に

 

吹き出せる顔の血洗ふと容赦なくオキシフル流す夫の手当は

 

波のむれ風にこぞれる磯の砂目つぶしのごと宙をたばしる

 

タンカーを呑みて影なし(ホリ)(ゾン)の空より暗き冬の海潮

 

虎落(モガリ)(ブエ)吹くに傾く海苔の粗朶(そだ)底ひか黒き海に影差す

 

豆撒きし子等今はなく霜くだる闇へわが呼ぶ「福は内 福は内」

 

(まが)つ鬼 裡なる鬼もやらはむと年豆いくつ暗闇に打つ

 

徳川の紋打つ結婚式場に心つくさむご縁とりもち

 

猫背なる吾に仲人ははまり役俯き加減が良しと夫言ふ

 

オリオンの幾万光年経て来たる光の矢にて寒夜打たるる

 

青年にぴたりと添ひて指示を待つ盲導犬のまなざし深き

 

ひと束の菜の花 瓶に黄を掲げ日に数センチこぞり伸びつぐ

 

黄砂舞ひ排ガス満つる街空に影歪みつつアドバルーン浮く

 

通夜終へて来たる闇路に移りしか沈丁の香の喪服よりする

 

去年植ゑし大根の花とつるぎきょう紫多く卯月すぎゆく

 

庭草を引きて痛めし腰かばひ磔の刑受くるがに寝る

 

アマリリスの蕾尖りて月に向く明日開かむちからの満ちて

 

夏草に埋るるなくて連なれる常滑窯の煉瓦ぞ赤き

 

とこなめの焼酎瓶の陶の肌 粗く朱きは鉄ふくむゆゑ

 

交叉路に架かれる高き歩道橋登りてふとも方位失ふ

 

モナリザのやうに不思議な笑みをもて新興宗教へ人は誘ふ

 

熱心な仏教信者わたしこそ仏説きたし異教徒汝に

 

蝉鳴かぬ今年の夏を訝るに文月尽日ひと声聞けり

 

保存義務切れたるカルテ満ちみちて一部屋のあり入ること稀に

 

足浸す波打際にうねり寄る土用波はや冷たさをもつ

 

訪問の八卦見といふ男来て長寿の相と吾を指差す

 

八丈の明日葉の根と福井より来し茗荷の根 地中に(せめ)

 

夕空にコンビナートの火の赤し(クチナハ)の舌ひらめくがごと

 

給料も定年もなく老ゆるわれ「沢崎医院」を支ふる黒衣(くろこ)

 

看板の毀るるは神の示唆かとも廃業思ふ口に出さねど

 

調剤の薬の棚に日ごと対き己が薬を飲みそびれをり

 

祭りとて火縄銃の音こだまする(カウ)嵐渓(ランケイ)は紅葉いまだし

 

半被(はっぴ)着て並ぶ若衆火縄振り次ぎて銃打ち山とどろかす

 

町挙げて足助祭に湧く渓の群青の空硝煙けぶる

 

山車を曳く若衆のあとほろ酔ひの古老つきゆく羽織袴に

 

四階の病窓に寄り見る下界さくら紅葉に秋雨(にじ)

 

生きてゐるそれのみうれし消燈の後の暗闇目守るなどして

 

吐血せし吾を囲みて医師五人罪科(ツミトガ)あばくごとき目をする

 

MRI検査ドームに身を延べて次元異なる空間怖る

 

磁気をもて肝を輪切りに診られゐつ祭囃子のやうな音浴び

 

電線を地下に埋めて空広し二月の風がうねりつつ往く

 

やうやくに(ノミド)通りし胃カメラが胃壁見てゐる十分長し

 

蝕める身の消化管潤せと母持ちくれつ冬の西瓜を

 

ほの甘き冬の西瓜を掬ふ匙まのびした顔逆さに映す

 

わが残生夫は予測をなしゐるか要らぬと言ふにコート見立つる

 

父のなき甥と母なき花嫁の結婚なれば余韻清しき

 

不可解な夢は薬のゆゑならむ見知らぬ人と夜ごと諍ふ

 

をりをりに昼寝してねと娘がくれし小花模様の四角い枕

 

縮緬のさいころ形のこの枕正座出来ざるゐさらひにも敷く

 

病ながきわたしの右眼四季問はずしらしら霞む落花見るごと

 

受付けて投薬までをとりしきるコンピューターをふとも危ぶむ

 

今の世に遅るる吾かコンピューターの指示に迷ひて血圧あがる

 

水無月の風は(イロ)ひを含めるか触りゆく樹の緑いろ増す

 

つゆ曇る空に朱を差す(かい)(こう)()燃えつつ散らふ堅き音して

 

埠頭までひと筋の道白く伸ぶ陸の果のかくは淋しき

 

無雑作に輸出中古車うち並び埠頭に重き影を落せり

 

ルオー画く「嫌はれものの入植者」わるがしこ気に描線太き

 

静かなる朝の庭に花澄めり むくげは高く梔子(くちなし)低く

 

染色も歌も良き師を帆となして晩年をわれなほし航きゆく

 

病院のロビーに透明人間が舞ひ降りて弾く電子ピアノを

 

知床のラベンダーの原吹く風を紫にほふ風とし思ふ

 

受刑者が昼も夜もなく開墾(ヒラ)きしとふ一すぢの道知床へ伸ぶ

 

行きつけの美容院旧きままもよし店主八十五才いまだ現役

 

思ひきり髪を切りたり目の手術近みて怖れ斬りすつるがに

 

硝子体切除の手術(オペ)に射つ麻酔胃カメラ三度呑むよりきつし

 

麻酔薬眼窩に滲みてたちまちに眼動かず魚の目となる

 

予後長く見ざりし庭は草枯れて千両の実に紅差し初むる

 

夕光を羽にとどめて断崖の鵜の幾百羽波擦りて発つ

 

肺癌を告げゐる医師の声聞ゆ受診を待てるカーテン越しに

 

病みをれば脆き心の弥次郎兵衛ときをりマイナス思考に傾ぐ

 

病院は巨き不夜城歳晩も歳旦もなくナース働く

 

海近き病院ここは(みぞれ)降る夜更けをしきり潮鳴りひびく

 

いづくかに蜜柑を(くた)す匂ひせり腰痛持ちて帰れる家に

 

月余臥すわれや勾玉身を解けば腰部の痛みほとばしり出づ

 

腰痛にやうやく干せる濯ぎもの捩れて乾く寒の陽差しに

 

「万歩計付けて一緒に歩かうよ」腰の痛むに孫容赦なし

 

蒲団より二の腕出してもの書けば今宵の春の夜寒身に泌む

 

葷酒入るを禁ずと碑を置く禅の寺沈丁の香のほしいままなる

 

前線の触れてゆきしか峡奥の桜の一樹紅をひもとく

 

病み多きわが鬱早く放てよと海好きの夫が海へいざなふ

 

三日月のべっ甲色に滲む夜 ひときは甘く若葉の匂ふ

 

イタリアン料理の前菜エスカルゴ?み切れぬまま口に転ばす

 

薬飲む、目薬を注す、脈をとる就眠儀式もなすこと多し

 

ひめ百合の塔に窺ふ壕の奥もんぺの乙女まざまざと顕つ

 

琉球の風土に相応(フサ)ひ花赤し夾竹桃はたブーゲンビリア

 

紺碧の海へと下る石段の手摺粘れり吹く潮風に

 

腰痛に巻きて苦しも中世の貴婦人も締めしこのコルセット

 

コルセットきりきり締めて家事をなす吾が身虚空に浮かべるごとし

 

椅子を背に負ふがごとしも脊椎をコルセットにて押へ歩めば

 

留守電に口ごもらずに対はむと原稿書けり愚者にて吾は

 

老いたれど夫は泳ぎに出でゆけり雄々しき海に生気もらふと

 

自販機が餌を出す音に鯉寄りて喉あかあかと口あけて待つ

 

山鳩の声にし似たり木もれ陽差す庭に幼が吹けるオカリナ

 

常使ふ珊瑚の数珠が切れたるは何の予兆と心翳りぬ

 

縫合の傷口付かずとワイヤーも骨も取るとぞまた切り裂きて

 

病衣など濯ぎて今日もとく(キタ)る近き嫁よし遠き子よりも

 

カナダびとの心ゆたけきさまを言ふホームステイに往きたる孫が

 

病室にストレスいよよ昂まり来 壁の唐草心まで這ふ

 

リハビリの体育館の窓に見る秋日の中に鶏頭咲けり

 

膝の骨癒えざるままに退院す補装具に頼り杖にすがりて

 

ひそと咲く白き玉花八手にも蜜生るるらし(あぶ)のまつはる

 

堀留のぬかるむ土手に葦高く泡立草は低く素枯るる

 

ひと月を探しあぐねて諦めて猫 紙のごとふはふは帰る

 

月明の公園の木木立ちあがる誰か練習(サラ)へるトランペットに

 

轆轤(ロクロ)より手びねり好む夫の陶 五客の湯呑み同じものなし

 

篝火の映ゆる斎庭に氏子らが祝ぎ酒薦む除夜を来たれば

 

潔めたる診察机に輪かざりと聴診器置けり夫の歳旦

 

味噌壺と紛ふいかつき花入れに挿すピラカンサ太枝の相応(ふさ)

 

点訳を(しを)としボランティアなさむ子よ杖曳く吾の力ともなれ

 

降り積もる粉雪軽く吹く風に巻き上がりては道をすばしる

 

繃帯の取れざる足に有難し今流行の長きスカート

 

一合には少し淋しと猪口二杯追加し足らふ夫の酒よし

 

暖かき筵敷くごと日差しあり か黒き土の上にしばしを

 

地のパワー足元に寄せ吸へといふ腹式呼吸の簡単ならず

 

もう付けて飾ることなき七宝の花イヤリング嫁に贈らな

 

はんなりと弦月白く(うか)び出て長き真昼間瞼の重し

 

男性らなよなよとして女族らの強しよ環境ホルモンゆゑか

 

看病も出来ず病む身の悲しけれ母の手握る涙怺へて

 

田植ゑ早や終りし水田整然と早苗たつなり充足の(トキ)

 

鋭角に稲妻走り山を覆ふ音すさまじき伊那峡の雷

 

手術(オペ)のあと一夜わが手を握りゐし嫁の手の荒れ今にし思ふ

 

家籠り楽しまぬ吾を助手席に乗せて夫駆る日本海へと

 

ちちははの恋ひやまざりき まほろばの越前武生に吾は来たりし

 

岩穿ち国道敷きし越前の断崖の裾に蟹など売れり

 

一日に一度は笑ふが薬とぞ笑へ笑へと夫のおどける

 

渡し場の高き櫓に鎮もれる漏刻の鐘 今は鳴るなし

 

梅雨暗き葉混みに?()ぎし一房の枇杷の明るさ朝の

 

シンバルのやうにグワンと鳴り出すかパラボラアンテナ月光を浴ぶ

 

三伏(さんぷく)の日を次ぎ紅き花掲ぐ子の(つと)なりし宮崎のバラ

 

夕暮るる獣園何か不穏なり虎もライオンも柵に人追ふ

 

杖に頼り青信号に歩を出せばもう?れない進むほかなし

 

火口とも見ゆる陶土の採掘場エメラルドグリーンの水を湛ふる

 

橋下に棲むホームレスためらひもなく古着干すガードレールに

 

たちまちに夕翳()せる山の上レモンのごとき月が(しずく)

 

雨あとの量増す流れ(はや)くして天竜川に風湧きあがる

 

山裾の枯野に風の指揮者ゐてすすき()ぶるか右に左に

 

卑弥呼をもとりこにしたる秘薬とぞ()(こん) 生姜の苦き味はひ

 

カレー粉の黄なる色素も鬱金とふ確かに肝に効きさうな色